MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

里山と牧場の風景を残したい。三神さんの思い描く夢(八王子市・三神牧場)

東京で手軽に自然を堪能できる観光地として有名な高尾山。そこからほど近い美山町という場所で三神牧場のご主人である三神仁さんは元気に酪農を営んでいます。

三神さんは八王子ののどかな山林に囲まれた土地で牛を大切に育てながらも「昔ながらの牧場や里山の風景を未来まで守っていきたい」という想いを胸に秘め、東京だからこそできる酪農の形を日々模索しています。 しかし、そんな三神さんの前には越えなければいけない壁が幾重にも立ち塞がっているといい、そこからは都市における農業や酪農の課題が見えてきます。今回は三神さんの酪農に対する挑戦と意気込みを紹介します。

三神牧場付近の様子

牛舎をフル回転、攻めの酪農を目指して。

三神さんは、三神牧場の長男として誕生しました。 家は長男が継ぐものという認識があった三神さんは、畜産系の大学をご卒業後、半ば成り行きに身を任せて三神牧場の跡を継ぎました。

やがて月日が流れて40代という脂の乗った年齢に差し掛かった三神さんは、酪農家という職業に面白みを感じ始めるようになったことから「やるならきちんとやろう。」という意識が芽生え、より一層仕事に精を出すようになったそうです。

三神さんがそう考えるようになったきっかけは、自分がいつの間に保守的な酪農経営をしていたことに気づいたことからだといいます。 三神さんは40代で最初のお子さんを授かったときに、あまり投資をせずに小規模で営農することにより、酪農を辞めざるを得なくなった際の負債を少なくしようと考え、40頭の搾乳牛を飼育できる牛舎を有していたのにも関わらず、30頭のみの飼育に留めていた時期もありました。

そんな経営を続けていたある日、アルバイトスタッフとして三神牧場を訪れていた大学生に「将来はうち(三神牧場)で働く気はないか」と冗談半分で声をかけてみたところ「北海道で酪農をやりたいので」とあまり良い返答をもらえなかったことが印象に残っているそうです。 「大学生が正社員として働きたくなるような牧場でないと子供たちも酪農をやりたがらないだろうと、その瞬間気づかされました。」 そう当時の心境を語る三神さんは、牧場の生産性を限界まで高め、自身が一生懸命働く姿を見せることで酪農という職業に魅力を感じてもらいたいと考えるようになりました。 そして従来までの守りの経営方針を転換し、牛舎を40頭の牛でフル回転させ、生乳生産量の増加を目指す積極的な経営に乗り出しました。

攻めの経営方針は、還暦を目前に控える現在の三神さんの行動からも伺うことができます。それは酪農家同士のコミュニティに属することです。 三神牧場は、「地域交流牧場連絡会(略称:交牧連)」という酪農家同士の交流と情報交換を目的とした組織に加盟しています。 三神さんは交牧連でバックグラウンドの違う様々な地域で営農する方々と交流し、参考にできる箇所は積極的に自身の経営に採用しています。 「東京の酪農家はどこもひっそりと酪農を営んできたという方が多いと思います。でもこれからは消費者に対してもっとオープンな世界にして、そこをうまく収入に繋げなければなりません。練馬区の小泉牧場さんはいち早くそれに気づいたため住宅地の中でも地域住民と良好な関係を築くことができていると思います。」 そう語る三神さんは、消費者だけでなく酪農家同士でもお互い見られているという意識が生まれ、気を引き締める効果が交牧連にあると考えているそうです。

牛舎内の牛の様子。餌は「TMR」と呼ばれ、牛がバランス良く栄養を摂取できる混ぜご飯みたいな物です。三神牧場では牛が栄養バランスを崩さないようにTMRの配合設計を綿密に計画しています。

乳牛の勉強会と堆肥~東京酪農の生き残り戦略~

更に三神さんの目標はもう一つあります。周りを山に囲まれ、未だ自然が豊かな八王子の里山の風景を後世まで残すことです。 そのため三神さんは牧場を生乳生産の場としてだけではなく、バーベキューなどのレジャーやイベントを開催する施設として提供することにより、牧場に親しみを持ってもらうための活動に注力しています。

中でも三神さんが積極的に携わりたいと考えているのが、乳牛の勉強会です。 搾乳体験と勉強会を同時に開催しているそうで、搾乳が目当てで訪れた子供達に「乳牛についての勉強会に1時間付き合ってね。」と言って子供達に対して熱心に講義を行うといいます。そんな三神さんの取組みは子供達に好評。「夕方から搾乳を始めるから、それまで待っていることができるならやらせてあげるよ?」と声をかけると、子供達は夕方まで辛抱強く待っていて、学校では習わない酪農現場についての話を真剣な眼差しで聞いているそうです。

仔牛の様子。ホルスタインの雌は北海道本別にある仔牛育成牧場に送られ、大人になったらまた三神牧場に帰ってきます。

三神さんが時間を割いてまでそのような授業を行うのは食べ物は工場で作られているわけではなく、植物や動物が命を削りながら分け与えてくれる物だということを酪農家の立場として子供達に伝えたいからだといいます。しかし、牛舎作業が約8時間でそれに加えて堆肥の処理業務まで抱える多忙な酪農家にとってはやらなくていい仕事をわざわざ増やしているようにも見えます。

三神さんのそのこだわりには都市部における酪農経営の難しさが背景にあります。 北海道を中心とした地方の酪農は経営規模をどんどん拡大し、生産性向上に向けて邁進していくことができます。一方都市ではそれができないため、何か地方とは違う価値を創造しないと後世まで残らないとの考えから、教育活動に尽力しています。 「生産性を高めつつ積極的に人を受け入れ、酪農について理解を深めてもらいながら、バーベキューや搾乳体験、またはアイスクリームの販売などで副次的な収入を作ることを目標にしています。」 このように三神牧場では生乳生産だけでは牧場が残っていくのは難しいと考え、周りに人が大勢いる東京の強みを生かした酪農を模索しています。

昔使用していたという牛乳缶。子供達にペンキなどを使って遊んでもらえたらいいなと三神さんは語ります。現在は新型コロナウイルスの影響からか、牧場にバーベキューや搾乳体験の問い合わせがないので、その間に環境整備を進めています。

また、三神さんは堆肥の臭気にも細心の注意を払っています。三神牧場は住宅地から離れた山の中にありますが、だからといって対策を怠ることはありません。牛糞が堆肥になるまでの分解速度が早ければ早いほど臭気が少なく抑えられるので、なるべく迅速に作業に取り掛かると同時にどうすれば早く分解できるか日々思案を重ねているそうです。 以前はよく売れていたという三神牧場の堆肥ですが、近隣の農家さんが高齢化し、農業に従事する人が減少していることを受けて堆肥の需要も減っています。そのため三神さんは堆肥の販売先の確保に頭を悩ませているといいます。

譲り受けた耕作放棄地、里山風景保全に立ちはだかる壁。

三神さんは過去に三神の本家が管理できなくなった土地を引き取り、広大な耕作放棄地を所有することになりました。その結果自宅や牛舎なども含めて4haもの土地を所有しています。これからは牧場の生産性を追求しつつ、耕作放棄地の草刈りを進めて、「里山は里山らしく、牧場は牧場らしく」というコンセプトの元、今ではあまり見なくなった昔ながらの農村の原風景を守っていきたいと語ります。

しかし、整備作業は難航しているそうです。前述の通り、三神牧場では朝と夕の牛舎作業で8時間費やし、お昼と午後は堆肥の処理や配達に時間を取られるため、従業員を雇わず家族2名で回している現状では中々時間を捻出できないのです。ボランティアの人々に協力してもらうにしても、自分たちの手の回らない仕事を図々しくも他人にお願いしてもいいのか、その是非を考えると気軽に頼むことができないそうです。

自分たちではなく外部に委託する形態として、杉の植え替え事業を依頼する選択肢もありますが、開発にも許可が必要で収入も期待できないため、本格的に検討するには至らないといいます。

三神さんが譲り受けた耕作放棄地の一部。急斜面です。

課題は山積み、多面的な取り組みを活かして

三神牧場での取り組みは東京という酪農をやりづらい土地で生き残っていくのにとても良い方法だと思います。これからも東京各地の牧場で都市に馴染んだ酪農の営みが行われ、人々の笑い声が響き渡る素敵な場所になっていくことでしょう。

しかし、東京酪農の基盤はまだまだ盤石とは言えないと、三神さんのお話を伺う中で考えさせられます。

例えば、三神さんは耕作放棄地の整備の他に酪農の6次産業化にも興味があるといいますが、日々の作業に追われて新たな取り組みが後手後手になってしまっています。前述した交牧連の集まりも欠席せざるを得ないことがままあるといいます。

高齢化、担い手減少等の煽りが強くなる受難の時代の中で東京の酪農が今より更に強かに生き延びるためには、その多面的機能を活かし、様々な人が様々な形態で酪農に携わることができる道を探すことが急務ではないでしょうか。

赤毛のホルスタイン。劣性遺伝子を持つ個体を選択的に掛け合わせることで誕生します。三神牧場ではその血脈を代々受け継がせるようにしています。可愛いですね!

三神牧場 プロフィール

  • 住所:

    東京都八王子市美山町927

  • アクセス:

    JR中央線高尾駅より「美山町」行きのバスで最寄りの停留所まで30分、そこから徒歩10分、または圏央道八王子西ICより車で3分

  • 生産品目:

    牛乳※多摩地方の牧場で搾った東京ブランド商品「東京牛乳」で三神牧場の牛乳をご賞味いただけます。

  • 公式HP:

    https://www.mikami-bokujyo.tokyo/

    堆肥の購入は電話及びメールでお問い合わせください!

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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