MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

【小泉牧場・練馬区】23区唯一の「三代目酪農屋さん」

東京都内でも屈指の繁華街である池袋。そこから電車に約10分揺られると行き着くのが大泉学園町という町です。学生やサラリーマンの群れで賑わうこの町で、地元の小学生の元気の良い声が響き渡る人気スポット、そこは何と「牧場」なのです。約50頭の牛たちと子供達、そして牛舎の屋根の上に高くそびえ立つ高層ビル。我々の想像とはだいぶかけ離れた光景の中、体験授業を通して子供達に学校だけでは学べない命の大切さ、食のありがたみを伝えようとしている方がいます。それが、練馬区、そして東京23区で唯一の「酪農屋さん」である小泉牧場です。本来、新鮮な牛乳を搾って出荷する事が仕事の小泉牧場に小学生を受け入れる直接的なメリットはないはずです。それにも関わらず、多忙の合間を縫って体験授業を行うのはなぜなのでしょうか。そこには練馬を愛し練馬に愛される三代目、小泉勝(こいずみ まさる)さんのこだわりに理由がありました。今回は、自然に囲まれた郊外とはまた一味違う、素敵な都市型酪農を紹介します。

牧場の外観。角度によってはビルが見えます。

臭くても死なないから!小学生の体験授業

小泉牧場の三代目として元気に酪農を営んでいる小泉さん。昔から酪農や牛が大好きなのかと思いきや、実際はそういう訳ではなく、高校時代の夢はツアーコンダクターか警察官だったそうです。しかし、父親に「サラリーマンになったら固定資産税を払えないぞ」と言われたことから、「長男だし継ごう!」と、半ば義務感で牧場を引き継いだといいます。そのような出発の中、小泉牧場は平成15年から学校や教育現場と連携して体験学習活動を行う牧場、酪農教育ファームとして認可され、地元の小学生を受け入れると共に、大泉の町自慢として注目されるようになりました。小泉さんは牧場=教室だという考えのもとに、牧場体験を受け入れています。そんな小泉さんが小学生と接する際に意識していることはコミュニケーションです。初めて牧場を訪れた小学生が第一声に、「臭い!」と言うことは誰もが想像に難くないでしょう。そのような時、小泉さんは「臭くても死なないから!」このような台詞を小学生にかけるそうです。小学生と対等な目線に立ってコミュニケーションを取ることで小学生に笑顔を生み出している小泉牧場の体験授業は、小学校の教師からも評判は上々だといいます。「先生方と相談しながら、牛について教えるのではなく、伝えるということを意識しながら体験授業を行っています。小学生には全てが分からなくてもいいから、なんとなく牛が好き、なんとなく酪農について分かったと感じてもらえれば満足です。こういった体験授業で小学生の新しい経験にびっくりした顔を見るのが大好きです。」 酪農や牛があまり好きではなかったという小泉さんですが、小学生との交流を通して新たなやりがいを見つけることができたのではないのでしょうか。爽やかな笑顔を浮かべる小泉さんを見てそのような印象を抱きました。

仔牛のスペース。牛は妊娠しないと乳を出さないので牧場には常に仔牛がいます。

地元あっての小泉牧場

小泉さんはなぜそれほど熱心に教育普及に力を入れているのか、その理由を尋ねてみました。「ただ単に小学生に一生記憶に残る思い出を作ってあげたいからです。教育効果などといったことは最近はどうでもいいかなと思っています。」小泉牧場の元には、地元の小学生の他にも、中高大様々な学生が訪れていました。しかし、まずは地元の小学生を優先したいという思いから現在は練馬区8校の小学校を中心に受け入れているそうです。「これでもだいぶ減らした方ですよ(笑)。 我々だって一練馬区民、地元あっての小泉牧場ですからね。」 その小泉さんの所には来訪者がよくやって来ます。取材中にも近隣住民の方が小泉さんと雑談をするために牧場に顔を出しに来ました。このように、小泉さんは日々の作業や小学生の受け入れ、近所の方との交流などでいつも多忙な1日を送っています。その影響で酪農家同士の集まりにあまり顔を出せていないそうです。「顔を出さないのではなく、顔を出せないのです! 地元の方がうちに来るのですから!(笑)」 小泉さんはそう言います。また、小泉牧場は練馬区から離農しないで今後も酪農を続けてほしいとお願いされているそうです。行政からこのようなことを言われるのは、地元に貢献したいという小泉さんの気持ちが多くの人間を惹き付けるからではないでしょうか。「こちらから伺うことはできないです。その代わりわざわざうちまで来てくださった方には真摯に対応させていただいています。」 小泉さんはにこやかにそう言いました。

施設のなかでエサの牧草を食べてのんびり過ごす牛。小泉牧場は搾乳牛50頭を飼育しています。

次世代の酪農屋さんと酪農教育ファーム

最近、北海道はもちろん、関東の高校生や大学生で酪農に興味がある人が増えていて、実際に酪農サークルを立ち上げて全国各地で活動をしている学生達もいるという話をよく聞きます。そのことに対する印象を尋ねてみました。「将来酪農に携わるつもりがない学生にはとりあえず牛を好きになってもらえればいいかなと思います。ただ、酪農をやりたいのであれば綺麗なことばかりではなく、厳しいことも経験して欲しいですね。」小泉さんはそう言います。

確かに最近は新規参入で酪農を始める方も増えていて、学生の中にも将来は自分の牧場を持ちたい!という夢を持つ学生が少なからずいます。ただ、どうしても軌道に乗って安定した経営ができている新規就農者、いわゆる成功事例ばかりが有名になり、失敗や困難が影に隠れてしまっている印象を持ちます。自分の意志と行動で大きな結果を掴み取った人間に憧れて何かを目指すのも尊いことだと思います。しかし、どんなことにも光と闇があり、どちらの情報もバランス良く集めていくことが立場を問わず、現代社会を生きる我々に求められているのではないでしょうか。また、農業全体でもそうですが、酪農業界も人手不足に悩まされています。その情勢の中で次世代の担い手を呼び込むきっかけとして、小泉牧場を始めとする酪農教育ファームの取り組みは素晴らしいものだと私は考えます。

小泉牧場でしぼったこだわりのミルクからつくられたアイスは要チェック。加工は委託しているそうです。ごちそうさまでした!

小泉牧場 プロフィール

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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