MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

堆肥の力でネパールに雇用を。数学教員を辞めた私が、世界で・日本で目指すこと。(三鷹市・鴨志田農園)

お母さまと二人三脚で鴨志田農園を切り盛りする鴨志田純さんは、6年前にお父様を亡くされたことをきっかけに、当時勤めていた数学教師との二足の草鞋を履きながら農園を継ぎました。現在は質の高い堆肥づくりやネパールでの事業提携など様々な取り組みを行っています。そんな鴨志田さんはどのようなことを考え畑に、そして海外に赴くのでしょうか。三鷹の閑静な住宅街を訪れ、その想いを伺ってきました。

鴨志田農園の外観。無農薬無化学肥料栽培を行っています。

キモは「CNBM」。バランスの取れた堆肥を目指して

鴨志田農園のこだわりは、なんと言っても堆肥づくりにあります。農園で使用している堆肥は自家製で、安全性の確認が取れている場合は、動物性の原料を使うこともあるそうですが、基本的には落ち葉やもみがらなど植物性の原料を中心に使用しています。これには、農作物の安全性確保のためのこだわりが表れています。「畜糞を使うと、発酵が不十分な場合には大腸菌などの微生物がきちんと死滅できないことがあります。その堆肥が野菜に触れてしまうと食中毒の原因になります。また、外国産の牧草には残留農薬などのリスクもあります。それを食べた家畜の糞からできた堆肥の安全性について、私は正直保証できないですし、心配がないと言ったら嘘になります。牧草由来の残留農薬で野菜が枯れてしまったケースもあると聞いています。このため私は植物由来の原料を用いた堆肥づくりにこだわっています。」

左:もみ殻堆肥 右:落葉堆肥

堆肥づくりの奥義は、「農業技術の匠」として知られている三重県の橋本力男先生から習ったそうです。この作り方は、ただ単に有機質の材料を使うというわけではなく、土壌の分析や高温での発酵手法の検討などによって、より科学的な堆肥づくりとなっています。

その一例が、「CNBM」を意識した堆肥の生産です。その理論とは堆肥の成分を、C(炭素)、N(窒素)、B(微生物)、M(ミネラル)の4種類に分けて考え、それらが最適な比率となるように配合・調整するというものです。「私たちが食べている一般的な日本食をイメージしても、お米が多すぎてもおかずが多すぎてもバランスが良いとは言えませんよね。堆肥づくりもそれと同じです。」農園の堆肥を紹介することも多いという鴨志田さんは、噛み砕いた表現でそう語ります。

堆肥舎の様子。雑草の種子や雑菌を60度以上の環境で24時間かけて死滅させます。

ネパールと日本。国境を越えた運命的な出会いから、「生ごみの堆肥化」で雇用創出に挑む。

就農してから1年経った2015年のある日、鴨志田農園の公式Facebookの元に、ウサ・ギリさんというネパール人から一通のメッセージが届きました。内容を確認してみると「どうやったら無農薬でこんなにきれいな野菜を作ることができるのか」という問い合わせでした。いきなり送られて来た海外からのメッセージに戸惑いつつも、やり取りは続きました。その後、「質問に答えてくれたお礼の品を渡したいから住所を教えてほしい」と言われたといいます。鴨志田さんの戸惑いは深まるばかりでしたが、しばらくしてお礼として本当に2袋のコーヒー豆が届いたそうです。日本までのEMSの運賃は5,000円ほど。1日の最低賃金が500円ほどとされているネパールでは高額に思えます。「日本でも近年はお礼をする文化が減ってきたというのに、ネパールから何故わざわざお金をかけて送ってきたの?と思いました。」鴨志田さんはこのときの出来事が深く印象に残っているそうです。 そのときを境にウサ・ギリさんのことがどうも頭から離れなくなってしまい、半年後の2016年3月、航空券を取って直接会いに行ったそうです。

現地で初対面を果たしたウサ・ギリさんは、日本への留学経験があり、外国人で初めて日本での小学校教員免許を取得したという異色の経歴の持ち主でした。ネパールへの帰国後、幼稚園や学校を創設するなどの活動を行ううちに、教育を充実させるだけでなく就職先も増やしてネパールに雇用を創出しなければいけないとの考えを抱くようになったと話したウサ・ギリさん。その胸の内を聞いた鴨志田さんは「生ごみの堆肥化」で有機農業を推進すれば雇用を創出できるのではないかと考えて提案、その計画に賛同したウサ・ギリさんへの協力が始まりました。

ネパールへ渡航した際の鴨志田さん

そこで、日本に帰国した鴨志田さんは、堆肥についてより深く勉強するために、その1ヶ月後から、前述の三重県の橋本力男先生のところに通うことにしたそうです。その後、ネパールでは生ごみの堆肥化が国家プロジェクトとして位置づけられるに至り、政府の予算もついたということで、鴨志田さんはそれまで勤めていた数学教員を辞め、2018年5月に再度ネパールへ渡航。首都カトマンズ近郊のマディヤプル・ティミ市で、500世帯3,000名を対象にした生ごみの堆肥化の実証実験に取り組みました。

「現在ネパールでは実証実験の段階で今後もモデル都市が増えていきます。鴨志田農園にも新しい堆肥舎が建ったので、私の方でも堆肥と有機農業についての実験を継続し、規模感を出しながらネパールでの事業に貢献できるように準備したいです。」鴨志田さんは情熱に満ち溢れた表情でそう話します。

ウサ・ギリさんが鴨志田さんに最初にメッセージを送ってきた経緯はどのようなものだったのでしょうか。「ウサ・ギリさんは京都大学大学院に留学中に心理学を専攻していて、そのときの恩師の一人がどうやら鴨志田さんというお名前らしくて、鴨志田というキーワードで検索したところ私を見つけたみたいです。」名字の一致という偶然が繋いだ、運命的な出会いだったようです。

鴨志田さんは日本中を自転車で回ったことや、35ヵ国もの国々への渡航経験もあるそう。その好奇心と行動力の旺盛さが素敵なご縁をもたらしたのかもしれませんね。

「生ごみ堆肥化」の挑戦は日本でも。目指すのは「人と土」の循環システム。

ネパールでの活動に積極的に取り組んでいる鴨志田さんですが、日本、そして東京で営農していくことについてどう考えているか伺ってみました。

鴨志田農園の現在の目標は従業員を雇用できるくらいの経営の確立だといいます。雇用を行うことで時間を捻出し、鴨志田さん自身は生ごみ堆肥化事業に伴う国内外への公共コンポスト設置に本腰を入れるためです。

鴨志田さんは、生ごみ堆肥化事業が、ネパールのみならず日本、特に地方創生のために貢献できると考えています。「今、日本ではフードロスについての話題が問題視されていますよね?生ごみの堆肥化は不要とされている資源を再利用できるため、地域のごみ問題の解決に貢献できます。また生ごみ→堆肥→野菜→そしてまた堆肥という循環は雇用を創出することができると考えています。」鴨志田さんはこのシステムを構築することに力を注ぎたいと語ります。また、農業に興味のある方を鴨志田農園に受け入れ、栽培技術、堆肥生産技術を教えた後、地域おこし協力隊などの活動に参画できる仕組みを整えるという構想も胸に秘めています。そうすることで、日本各地に同時多発的に人材を供給できるのではないかと考えています。

この計画のなかで、鴨志田農園や東京の農業が担うことのできる役割は「実証実験と提案」だと考えているそうです。「新型コロナウイルス禍の影響で首都圏から地方へ移住する人々がこれから増えてくると思います。中には農業をやりたい人もいるでしょう。だけどいきなり地方へ移住するのはハードルが高いからまずは東京の農業を通じて農業を身近に感じてもらう、これが実証実験としての場としての役割です。また、東京では、立地の便利さを生かして、鴨志田農園の堆肥生産技術のような何らかの技術を世の中に提案することが容易です。この2つが東京の農業の役割ではないでしょうか。」

機械を使って堆肥の温度を測る様子。堆肥の状態を常にモニタリングしながら、高品質の堆肥を生産しています。

鴨志田さんは東京の農業には前述したような役割があると考えていますが、それと同時に、生産者が安心して生産していける体制が整わないとこのままではなくなってしまう存在でもあるとも考えています。

特に、鴨志田農園では、これまで主として地域の飲食店に野菜を出荷していたため、今般の新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、売上の半分程度の計画が立たなくなったなど、決して安泰とは言えない状況が続いているそうです。現在は、近年新たに注目を集めている、「食べチョク」などの産直ECサイトへの出荷に主軸を移して、経営の立て直しを図っています。

美味しい野菜は「食べチョク」などでお買い求めいただけます。野菜セットの箱詰めは鴨志田さんのお母様が心を込めて行っているそう。お客様お一人お一人に向けた手書きのメッセージカードも入れていらっしゃいました。
取材当日、畑で採れたばかりのピーマンをいただいてしまいました。早速、東京農村1階のSCOPで調理していただきました。肉厚でとても美味しかったです!

堆肥づくりは、都市農業のひとつの解かもしれない。

新規参入者が増えるなど、東京の農業への垣根は下がりつつありますが、依然として東京で営農していくのは並大抵のことではないのが現実だと思います。

しかし、鴨志田さんのように植物性の原料や生ごみを用いた堆肥づくりを行うことは、都市農業の強みを活かすひとつの解になるかもしれません。植物由来の堆肥であれば住宅に囲まれた農地内でも畜糞ほど臭気に気を使うことはないため、近隣住民と共存しやすい経営が可能であること。生ごみを入手するのには、たくさんの人々の営みがすぐ近くにある東京など首都圏が一番条件的に恵まれていること。この2点が理由です。

そんな都市農業において生産者がより安心して生産できる体制を整えるためには、私たち消費者も現場を理解し、親しみを持っていくことが必要なのではないでしょうか。世間では新型コロナウイルス禍の影響で「新しい生活様式」が提唱されています。その一環として、東京の新鮮な農産物を家で取り寄せ、その料理に舌鼓を打ちながらその生産現場に思いを馳せる。これも東京の農業に親しみを持ち、知られざる東京の農業の魅力を再発見する第一歩になることと思います。

鴨志田農園 プロフィール

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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