MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

クラウドファンディングで実現した農福連携と新鮮アスパラガス (練馬区・白石農園)

西武池袋線大泉学園駅からバスで20分程の場所にある白石農園は一般向けの体験農園事業や講演を行うなど、農業の教育活動に積極的に取り組んでいることで有名です。 後継者である白石秀徳さんは2020年冬、クラウドファンディングにチャレンジし、当初目標にしていた2倍の金額の支援を集めるという形で大成功を収めました。農業の世界ではまだ事例が少ないクラウドファンディングを行った理由は白石農園の近隣にある福祉作業所の「かたくり福祉作業所」との農福連携事業を活発化させ、東京という土地でアスパラガスの生産から販売まで手広く手掛けたいとの想いからです。

白石さんは何を目指し新しい試みに果敢に挑むのか。それには東京だからこそアスパラガスの栽培や農福連携に勝算があると考える白石さんの確信が背景にありました。 今回は新宿や池袋から目と鼻の先にある「世界一都会に近い現場」練馬区に赴き、白石農園の「クラウドファンディング×農福連携」の模様をご紹介します。

(白石農園の外観。全体面積は1町4反、アスパラガスは1反7畝で栽培しています。)

農福連携で新鮮なアスパラガスを届けたい

白石さんは北海道大学をご卒業後、日本一の青果市場である大田市場でセリ人としてご活躍されていました。そのときに扱っていたのがアスパラガスだったといいます。 「実家の跡を継いで就農したら何かしら施設園芸をやりたいとは考えていました。アスパラガスは収益性も高いですし、セリ人時代にお世話になった方々から技術を教えてもらうことができました。そういう意味でメリットがあったのでアスパラガスを育ててみようかなと思うようになりました。」 そんな白石さんが一番美味しいと太鼓判を押すのが収穫したての新鮮なアスパラガスです。主要産地である北海道や九州から遠く、新鮮なアスパラガスがあまり流通しない東京で、自分の農園で栽培したアスパラガスを販売することができたら、その新鮮さと味に満足してもらうことができると確信し計画を立て始めました。

アスパラガスを栽培することを決断したはいいものの、今までの作業に加え新たにアスパラガスの栽培を始めるとなると労働力の確保が課題となりました。 そこで白石さんが目を付けたのは近年農業界で注目を集めている「農福連携」でした。 農福連携とは、福祉施設の利用者が農作業に従事することで、労働者側に雇用と新たな生きがいや居場所をもたらし、農家側に労働力を提供する取り組みや考え方のことです。 社会に貢献できる事業を行いたいとの考えが根底にあった白石さんは農園から車で2~3分程度の場所にある「かたくり福祉作業所」に農福連携の話を持ち掛けました。 かたくり福祉作業所の職員に実際に現場を見てもらい、どんな作業だったら障がい者でも携わることができるか綿密に相談を重ねました。作業形態の調整には1年もの時間を費やしたそうです。こうして農福連携事業が本格的に始動することとなりました。

ビニールハウス内のアスパラガスの株。10月頃まで収穫を行い、その後は来春の収穫に備えて株を養成する期間に入ります。10年程度は同じ株で栽培を続けていくことができ、4~5年目までは収穫量が増えていきます。

白石農園は何故クラウドファンディングに挑戦したのか

農福連携してアスパラガスの栽培を行うに当たって更に課題が2つ浮上しました。 1つ目はアスパラガスの切断などで刃物を使うため、作業者の事故や怪我につながる恐れがあること。2つ目は作業所には専用の冷蔵庫がないため、アスパラガスの鮮度維持が困難というものです。 その課題を解決するために白石農園ではアスパラガス専用の「重量選別機」と「大型冷蔵庫」の手配が急務となりました。 そこで白石さんが目を付けたのがクラウドファンディングでした。

アスパラガスの可食部位の様子。一日の収穫量はおよそ20~30㎏だそうです。アスパラガスは軽量で障がい者にも扱いやすく、農福連携と相性が良い野菜だと白石さんは語ります。

クラウドファンディングは最近様々な分野で、資金調達の一手段として広くその姿を見かけるようになっています。短期間でまとまったお金が手に入るのは、常時資金繰りに頭を悩ませる農業経営者にとっては魅力的なシステムです。 しかし、クラウドファンディングだけに限らず、他所からお金を援助してもらう以上必ず成果を出すことが絶対条件となりますし、その成否に関わらず記録はずっとネット上に残り続けます。更に返礼品の調達や発送、配当金の工面等膨大な管理作業も同時に請け負うことになるのです。 魅力も多いですが手間もその分伴い、不確定要素もあるクラウドファンディング。 今回は見送り、中長期的に計画を立て自己資金で実現を目指す選択肢もあったはずです。 それなのに何故クラウドファンディングをするという決断に踏み切ったのでしょうか。

それはアスパラガスを生産から梱包、発送まで一連の流れを全て自分たちで行い、消費者にどのような反応をもらえるか、その感想を聞きたかったからだといいます。 またクラウドファンディングで白石農園を支援してくれる人は言わばファンやサポーターとも言える存在。そんな人たちなら発送の過程で何か問題があっても一緒になって改善に協力してもらえると考えたこともクラウドファンディングに踏み切った理由の一つだと白石さんは語ります。

試験的に企画した白石農園のクラウドファンディングは、354人の支援者を集め、当初の目標140万円を大幅に超える支援金額280万円という結果を残し幕を閉じました。 東京都在住の方が9割を占め、全体のうち7割近くは練馬区在住の方であったといいます。また、クラウドファンディングを行ったことの副次的な効果で、新聞に掲載されるなど広報の面でも白石農園に大きな影響を及ぼしました。

そして集まった資金を元に購入した重量選別機と大型冷蔵庫はかたくり福祉作業所に設置され、調整作業で大活躍。白石農園のアスパラガスはクラウドファンディング支援者への返礼品はもちろんネットやスーパーなどでも販売され、東京に住む多くの人々が新鮮なアスパラガスを楽しめるようになりました。 白石農園のアスパラガスはお客さんにも好評。クレームもなく、梱包がきれいだったとお褒めの言葉をいただくこともあったといいます。 「クラウドファンディングの支援者からも「美味しかった」「応援している」などのコメントを頂き、自信を持って取り組んでいこうという気持ちが強くなりました。」と白石さんは語ります。

重量選別機と大型冷蔵庫のイメージイラスト。※白石農園のクラウドファンディング募集サイトより転載しています。

白石農園が作り出す、農業と福祉のwin-winな関係性

また白石農園の農福連携事業は、農作業に従事する障がい者の賃金向上にも寄与しているといいます。 労働に従事する障がい者には給与ではなく「工賃」という形で報酬が支払われます。 白石農園は少し高額な作業委託料をかたくり福祉作業所に支払うことにしました。そのおかげで利用者の工賃を増額することができています。

「少し高い報酬を支払っているとしても、ギフト用アスパラガスの発送は単価の高い仕事なので採算は取れています。この取り組みはお互いにとってメリットがあるので拡大していきたいと考えています。」

白石農園では朝6時から収穫作業を始めて9時から9時半頃に福祉作業所にアスパラガスを持ち込みます。福祉作業所の方では毎日数人の利用者がローテーションを組みながらネット販売向けの作業を担当し、当日収穫したアスパラガスをその日のうちに出荷しているといいます。今では福祉作業所の利用者に仕事をお願いしないと白石農園の他の仕事が回らないそうです。

福祉施設の利用者は白石農園のアスパラガスに対して、「自分たちが関わった商品」という自覚を持つようになり、普段はあまり目にすることのない重量選別機を扱えるということもあって、かたくり福祉作業所から割り振られる他の仕事よりもアスパラガスの作業は人気があるそうです。

通信販売で購入した白石農園のアスパラガス。福祉施設利用者の手書きのメッセージに心が温まりますね。白石農園の農産物は農園のHPからお買い求めいただけます!

都市農業と福祉の親和性

東京は地方に比べて農業経営の難易度が高い地域です。その環境下で白石農園を含め多くの生産者が何十年何百年に渡り脈々と受け継がれてきた農地を基盤に、東京という土地の持つポテンシャルを上手く活用しながら多種多様な農業生産を行っています。 一方「農福連携」という概念は昔からあったわけではなく、最近になって唱えられるようになってきた考え方です。

そこで白石さんに都市における農福連携のメリットや親和性について尋ねてみました。 「都市は人口が多いので、必然的に障がい者など福祉施設を利用する方も地方より多くなります。そのため、福祉施設利用者の方が農業に携わりやすい場所と言えるのではないでしょうか。また、生産だけに従事するのではなく加工や販売など様々な業務で各々の得意分野を活かす機会を提供できるのかなとも思います。」 前述したように白石農園ではクラウドファンディングを利用してかたくり福祉作業所の利用者に新たな仕事を提供しつつ、看板商品とも言えるアスパラガスを生産、販売することができています。 正に東京における農福連携事業のパイオニアと呼ぶにふさわしい農家さんの一人です。

しかし農福連携にはまだまだ解決すべき課題が残っていると白石さんは語ります。 作業面では福祉施設を利用する方でも携わることのできる作業の抽出と作業の効率化、単純化が急務で、また高単価でも継続的に購入してくれるファンをいかに獲得していくかという点も考える必要があるといいます。

白石農園のアスパラガスを調理しました!絶品です!

新しい試みを農業界はどう受け入れるべきか

白石さんは農福連携やクラウドファンディングなどの取り組みを行うことにより生産者側と福祉施設側双方にメリットがある道を開拓し、今も更なる成長を目指して現場で汗を流す日々を送っています。

農業界は今、人材不足に悩まされています。若年層を中心に農業離れが進み、少子高齢化と人口減少が同時に進行する社会となり担い手不足が深刻化しています。それに加え、新型コロナウイルス感染拡大の影響で出入国制限が起こったことにより、外国人技能実習生も決して安定的に働いてもらうことができる人材ではないと多くの人が気付き始めているのではないかと思います。

そんな状況にある日本では農福連携の考え方が必要になる場面も今後増えるのではないかと記者は考えます。 人手が足りなくて現場が回らない農家さんと働きたくても働き口がない障がい者や高齢者を上手くマッチングさせる試みがもっと広まることにより、一人でも多くの人が「来てくれて助かった。」「新しい生きがいと居場所を見つけた。」と感じることができれば農福連携は素敵な取り組みだと言っていいのではないでしょうか。 私たちやその家族もいずれ年を取りますから福祉の問題は他人事ではありません。そのため農福連携について理解を深めておくことは決して無駄にはならないと思います。

また農業には莫大な資金がかかるため、多大な投資が必要となる営農計画は立てづらいです。それを解決する一手段となり得るのがクラウドファンディングではないでしょうか。 SNSなどネット上では否定意見も散見されます。しかし白石さんのように生産物に対する自信やブランド価値、そして人間的魅力を持つ農家さんに惹かれた多くの人が支援し、問題点があれば双方一丸となって解決を目指す構図は生産者と消費者のとても良好な関係を象徴するものだと思います。

世は平成から令和になり、時勢の移り変わりも日に日に激しくなっています。 そんな中でも新しい試みに挑み続けるチャレンジ精神を忘れてはいけないと、白石農園の姿から切に感じさせられます。

取材後、風見鶏に別れを告げ白石農園を後にしました。

白石農園 プロフィール

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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