MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

牛と人の幸せを作る「楽農家」(八王子市・磯沼ミルクファーム)

京王高尾線山田駅から徒歩約10分、広大な農地と閑静な住宅街が共存し、のどかでどこかのんびりした空気の流れる地域があります。そこで磯沼正徳(いそぬままさのり)さんはジャージー牛をはじめとした6品種、色とりどりの乳牛に囲まれて元気に酪農を営んでいます。住宅地で牛を飼うというと「臭そう」という印象を持つ人が多いと思いますが、磯沼さんの牧場では臭気があまり気にならないことに加え、近隣の方々の散歩コースや休憩スポットとして利用されています。むしろ、牛舎からチョコレートの良い香りすら漂ってくるのです。「昔はちょくちょくクレームが来ることもありましたが最近では滅多にないですね。」磯沼さんは温和な笑みを浮かべながらそう語ります。磯沼さんは「酪農をみんなで楽しむ」ことにこだわっています。その意識の中に、都市と酪農の共存というテーマのヒントがあるのではないでしょうか? 磯沼さんを中心とした磯沼ミルクファームでは何を目指して酪農を楽しんでいるのか、その魅力を紹介します。

写真はホルスタインの仔牛。生まれたばかりの子牛は可愛いですね。カカオを敷料に使っているのでチョコレートの良い香りがします。

青年、磯沼正徳が見た世界

戦後当時、日本では卵、肉、そして乳製品などの畜産物が不足気味で、磯沼ミルクファームがある八王子市も、政府や市町村が生産を奨励する酪農振興地域の1つでした。元々磯沼家では野菜の栽培を行っていたそうですが、磯沼さんのお父様が戦後、日本へ帰還したタイミングで有畜複合経営をするようになったといいます。最初は1、2頭規模で出発した磯沼ミルクファームも、磯沼さんが20歳になる頃には搾乳牛20頭までに経営規模を拡大し、パイプラインミルカーやバルククーラーなどの設備を有する牧場に成長しました。

そして磯沼さんが26歳のとき、社会教育派遣事業でオーストラリアにファームステイしたときの経験が、現在の磯沼さんの考え方の基礎になっているといいます。

「オーストラリアではね、牧場の敷地内で子供が遊んでいるし、みんな仲がいいんですよ。何より酪農に携わってない人でも酪農家の仕事内容を知っています。これは酪農という仕事が日本みたいに特殊な仕事として認知されていない証拠だと思いました。」筆者がオーストラリア人の酪農に対する姿勢について尋ねたところ磯沼さんからはこのような答えが返ってきました。当時は、明治以降に発達した比較的新しい産業である酪農というものは、磯沼さんが通っていた学校でも仲間内で生産性の向上だけが目標となっており、牧畜文化、つまり酪農を楽しむことが考えられていなかったといいます。さらに、オーストラリアで磯沼さんを魅了したものがもう1つあります。それは「ローヤルイースターショー」という5品種の牛が出場する品評会でした。様々な品種の牛がいることに加え、人々が交流して仲間を作ることができるその品評会に強い憧れを抱いたといいます。

牛はアイドル!?会って楽しめる牧場が人と牛を繋げる

磯沼ミルクファームの敷地内にあるヨーグルト工房でジャージー種の牛乳から作られているのが、直売所の定番商品である濃厚なヨーグルトです。そのコンセプトは「牛1頭1日分のミルクからできたヨーグルト」だといいます。「牛たちは毎日命がけで牛乳を作り出してくれています。しかし、その牛乳は最終的に全頭分混ぜて出荷し、店頭に並ぶことになります。そのようにどの牧場で誰が搾ったのかわからないのは非常に残念だと思っているとともに、一生懸命生きて我々人間のために牛乳を恵んでくれる牛の奉仕を表現して、牛からのメッセージを伝えたいです。それは酪農家にしか作れない製品であり、牛1頭分の牛乳を加工することは先程も言った、まさに牧畜文化の原点だとかんがえています。」磯沼さんはそう語ります。そんな思いから作られたのが「かあさん牛のヨーグルト」です。牛1頭分の牛乳を加工するためにイタリアから機械を取り寄せ、牛群検定を実施し、最も乳質のいい牛乳を選んで加工しているというこだわりぶりです。そんなヨーグルトを買っていくお客様の中には帰り際に牛を見て行き、「この子から搾ったのね。アイドルみたいに実際に会えるのっていいよね。」とよくお褒めの言葉をくださる方もいます。しかし、かあさん牛のヨーグルトは大量生産とは真逆の儲からない仕事で、全国で、磯沼ミルクファームでしか作られてないといいます。

土日を中心とした牧場体験にも力を入れているという磯沼ミルクファーム。「牧場の乳搾り体験は毎回予約がたくさん入っていて、その際に買ってくださる方がいます。ただ、まだ売り切るまでには至ってないのでこれからもっと工夫して売り上げを伸ばしていきたいです。」磯沼さんはそう言います。さらに、磯沼ミルクファームは様々なイベントの開催を通じて牛と人が良い関係を築く場としての機能も果たしています。過去にはチーズを作る会、ローストビーフを作る会、年始には磯沼さんの所有する田んぼでの新年会とたくさんのイベントが行われています。来年にはハムを作る会も行われるといいます。「春からは体験農園も始めたいと思っています。名前は八王子モーモー体験農園。牛を見ながら農業体験をするのです!それと放牧地でミニライブをするのも楽しいですよ。牛が音楽を聴きに寄って来るのです。面白いでしょう?(笑)」そう語る磯沼さんの目は少年のようにキラキラ輝いていました。牧場を牛乳生産の場だけではなく、みんなで何かを楽しむ場として活用することは、磯沼さんの目指した牧畜文化であり、都市と酪農の共存のキーとなるものだと感じさせられます。

石窯。磯沼ミルクファームでのイベントに使用されます。

暮らしやすい飼い方とは? ~磯沼流アニマルウェルフェア~

磯沼ミルクファームは、最近畜産業界において注目を集めている「アニマルウェルフェア」、いわゆる動物福祉(家畜福祉)に力を入れている牧場としても有名です。酪農では牛を個室の中に繋いで飼育する繋ぎ飼いというものが主流ですが、磯沼ミルクファームでは牛の幸せのためにも、牛を繋がないで自由に行動させることのできるフリーバーン牛舎での飼育方式を採用しています。

フリーバーン牛舎。様々な品種の牛も一望出来てとても面白いです!

食べたいときに草を食べ、寝たいときに寝て、寒ければ暖かい場所に移動するという自由気ままな生活をしているおかげか、牛はいつも腹八分目で食べ過ぎることがないため、消化管系異常が少ないのだそうです。つまり、磯沼ミルクファームでは、牛が自分で自分の体調を調節できるような環境を提供しているのです。

野菜を食べる牛。磯沼ミルクファームでは牧草や配合飼料のほかにエコフィードも給与しています。

また、磯沼ミルクファームでは一部の牛を放牧することによって、牧歌的で気持ちのいい景観維持にも貢献しています。まさに牛にとっては快適で過ごしやすい環境であることでしょう。

牛の近くには羊も放牧されています。放牧とフリーバーン飼育は別物です。

近年、アニマルウェルフェアと関連して、SNSを中心に「牛を牛舎の中に繋ぎっぱなしにすることは虐待ではないか?」といった議論が活発に行われるようになりました。磯沼ミルクファームの牛の飼育方式ももちろん素晴らしいですが、繋ぎ飼いにも各個体の健康管理がしやすい、闘争が起きづらいという利点があり、より丁寧に牛を飼育できます。つまり牛を大切に思う気持ちはやり方は違えどどの酪農家さんも同じなのではないでしょうか? これからものすごい勢いで変化を続けていく令和の世の中において、生産者と我々消費者には、幅広い価値観を許容することが求められ、それこそが真のアニマルウェルフェアに繋がっていくのではないかと私は考えます。 

取材後、八王子セレオまで移動しソフトクリームを購入。街中で気軽に楽しめるのが最高ですね!牛さんの新鮮なミルクで作られたソフトクリーム、甘みもあって絶品です!

磯沼ミルクファームでは、牛糞とコーヒー殻を使った完熟たい肥の製造・販売も行っています。一見マイナスに見える牛の糞尿も、地域の人たちに喜んでもらえる形に変える取り組み。詳細は以下のリンクより映像でご覧ください!


磯沼ミルクファーム プロフィール

  • 牧場 住所:

    東京都八王子市小比企町1625

  • 牧場 電話番号:

    042-637-6086

  • 公式ホームページ:

    http://isonuma-farm.com

  • 牧場 アクセス:

    京王高尾線山田駅より徒歩10分
    八王子駅南口から中小比企までバスで30分

  • アイスクリームショップ 住所:

    東京都八王子市旭町1-1セレオ八王子北館1F

  • アイスクリームショップ 営業時間:

    10:00~21:00

  • アイスクリームショップ 電話番号:

    042-686-3177

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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