MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

内藤とうがらしプロジェクトの最終目標はなにか?(新宿区・内藤とうがらしプロジェクト)

一日350万人が利用する世界最大の駅、新宿駅。その目の前で、伝統野菜を使った地域活性化プロジェクトが行われています。その名も「内藤とうがらしプロジェクト」。内藤とうがらしとは、実が天に向かってまっすぐと実る「八房系」のとうがらしであり、香りがよいため実だけではなく葉や茎、根に至るまで楽しめます。江戸時代中期には、その名の由来となった内藤町(現在の都立新宿高等学校や新宿御苑を中心とした地域)をはじめ新宿一帯で栽培され、収穫時期となる秋には野を真っ赤に染めたと言われています。

明治以降の都市化に伴って一度は消滅した内藤とうがらしが、いま新たに新宿の地域活性化の中心的な存在となっています。とうがらしの奥深い魅力によって、大都会・新宿の影でひっそりと暮らしてきた34万人の人々に光を当てていく。agri.TOKYO編集部では、そんな内藤とうがらしプロジェクトでリーダーを務める成田重行氏を直撃取材しました!

伝統野菜「内藤とうがらし」。まっすぐと伸びる実が特徴だ。

新宿の街を彩るとうがらし
~内藤とうがらしプロジェクトとはなにか~

内藤とうがらしプロジェクトは、新宿の街の地域づくりを行っているプロジェクトです。その取り組みは、成田氏が新宿の歴史を調べるなかで、新宿が「内藤とうがらし」の一大産地であったことを紐解いたことから始まりました。しかし、内藤とうがらしは明治初期にはすでに消滅していました。そこで、全国のとうがらしを1年がかりで調べ、発見した7粒の種から品種を復活させたといいます。内藤とうがらしは現在、伝統野菜「江戸東京野菜」に登録され、東京都内の10軒の農家で契約栽培されています。

内藤とうがらしプロジェクトの取り組みは、とうがらしの栽培だけには留まらず、多岐にわたっています。粉にする・商品化するなどの加工品開発・製造や、新宿区内の学校と連携した食育の取り組み、毎年秋に開催されている「新宿内藤とうがらしフェア」などが挙げられます。これらの取り組みは、プロジェクトの事務局側だけで実施されているのではなく、地域の様々なステークホルダーがそれぞれの希望に応じて協力の輪を広げ、自発的に行っていることが特徴です。

昨年秋に伊勢丹新宿店で開催された新宿内藤とうがらしフェアの様子。新宿区内の小学校に通う内藤とうがらしキッズによる七味口上実演など、会場は多くの人で賑わった。

大都会の影で暮らす40万人
~新宿という街の課題はなにか~

「新宿」という街の名を口にした時、思い浮かべるのはどのようなイメージでしょうか。世界最大の乗降客数を誇る新宿駅、空に向かってそびえ立つ沢山の高層ビル、昼も夜も多くの人でごった返す商業施設の数々・・・まさに世界で1,2をあらそうような大都会の光景ではないでしょうか。この景色は様々な媒体を通じて日本だけでなく世界が知るところとなっています。この一方で、新宿の街はネガティブなイメージもはらんでいます。例えば、「東洋一の歓楽街」として知られる歌舞伎町は、昼も夜も多くの人で賑わう反面、治安の悪さや殺人事件をも想起させます。

世界最大の乗降客数を誇る新宿駅。

しかし、このような良くも悪くも派手やかな街のイメージとはうらはらに、その喧騒のさなかで22万世帯34万人の住民が住んでいる[i]ことも、新宿という街の大きな特徴です。日本の多くの地域と同様、新宿区でも高齢者の数が年々増加しており、65歳以上の人口は6万7千人(人口の19.4%)となっています。中には、一人暮らしをする独居老人や、買い物難民となっている人々も含まれています。一方で子どもの数も3万1千人(同9.0%)を超えているものの、徐々に少子化が進んでおり、小学校の統廃合も始まっています。また、新宿区は東京都内でも外国人人口が突出して多い自治体であり[ii]、その数は4万2千人(同12.2%)に及んでいます。

これまで、新宿に住む34万人の人々は、その発展から取り残され、影に隠れるようにして生活してきました。成田氏によれば、生活の場としての新宿には、次の3つの社会課題があるといいます。第一に、新宿に住む人々が自分の街に誇りを持つことができないことです。第二に、繁華街によって分断されているために、同じ街に住む生活者同士で交流を持つことや、生活する者としての営みを持つことが非常に難しいということです。第三に、新宿には外国人を始めとした多様な人々が生活しており、たとえ近くに住んでいたとしても、他のバックグラウンドを持つ住人との交流が殆ど行われてこなかったことです。

このような新宿の街の社会課題に対して、内藤とうがらしプロジェクトでは、江戸東京野菜「内藤とうがらし」をテーマとして向き合っています。同プロジェクトでは、新宿という街を世界的な大都会としてではなく、地元の人々が生活するローカルな地域として捉えています。そして、街の発展から置き去りにされてきた、そこに住む生活者に光を当てていきたいと考えています。奥深い魅力をもつ内藤とうがらしの力を借りて、彼ら一人ひとりの意識を変え、新宿の街を変え、世界に新宿という街の新たなイメージを発信していこうとしているのです。

とうがらしで変える「生活の場としての新宿」
~新宿の街をどう変えていくか。「とうがらし」を選んだ深い理由~

それでは、内藤とうがらしプロジェクトでは新宿の街をどのように変えていこうとしているのでしょうか。そして、なぜ伝統野菜「内藤とうがらし」を切り口としているのでしょうか。プロジェクトが目指しているのは、前編で述べた3つの社会課題を解決し、新宿を「子どもたちが誇れる街」「生活者のコミュニティのある街」「多様な人々が関わり合う街」に変えていくことです。そしてその目標には、内藤とうがらしの持つ様々な特徴や歴史が密接に結びついています。

①新宿を「子どもたちが誇れる街」に
~歴史・伝統の原点としての内藤とうがらし~

新宿の街は、そこに住む人々が「住んでいる地元として」誇りを持つことができない街でした。確かに世界的な大都市ではあるものの、高層ビル群のイメージや、歌舞伎町の繁華街のイメージからは、人間が生きているという実感は湧きにくいです。子どもが大阪の友だちに「新宿に住んでいる」と話しても、「人なんか住んでいるわけないでしょ」と揶揄されることさえあったといいます。プロジェクトでは、このような状況を変え、子どもたちにとって「自分たちが住む場所」「地元」として誇れる街にしたいと考えています。

新宿の高層ビル群。

内藤とうがらしは、このための一つの大きな理由になります。そもそも内藤とうがらしは、江戸時代、新宿内藤町で盛んに栽培されていた作物であり、それが、往時の江戸の市民の食生活を支えていました。このような歴史は、新宿という街に根付く一つのアイデンティティになりえます。さらに、プロジェクトでは子どもたちに自ら興味を持って内藤とうがらしの歴史を調べてもらい、イベントへの参加や壁新聞の作成などの主体的な活動を促しています。大人が価値観を強引に押し付けるのではなく、子どもたちが自分自身の言葉で新宿の街について語れるように促すように努めています。

内藤とうがらしが栽培されていた新宿内藤町にある都立新宿高校。生徒が総合学習の時間で内藤とうがらしの栽培に取り組んでいる。

②新宿を「生活者のコミュニティのある街」に
~とうがらしが繋ぐ「生活の面白さ」~

これまで、新宿では生活者のコミュニティが分断されていました。34万人もの住民が住んでいながら、その横の繋がり、とりわけ「家庭」同士の付き合いは皆無だったのです。そこで、プロジェクトでは生活者のコミュニティの輪を作り、広げていきたいと考えています。

このための取り組みが、内藤とうがらしの料理教室の開催です。四谷図書館では、毎年秋に地元の主婦に向けた料理教室を開催しています。定員20名に対して4倍ほどの応募がある人気のイベントです。また、学習院女子大学、桜美林大学、新宿高校など、近隣の大学・高校と連携した料理教室も開催しています。例えば桜美林大学で検討したテーマ「とうがらしの出汁でご飯を炊こう」を、実際に料理教室で地域の奥さんたちに伝える取り組みなどが行われています。

これらのイベントは、単なる料理教室ではありません。内藤とうがらしは、赤い実だけではなく未熟の青い実(青とうがらし)、葉や茎、根まで食べることのできる作物です。例えば葉っぱは香り付けに利用でき、茎と根は細かく刻んでほうじ茶にすることができます。このように普通であれば捨ててしまう部分も余すことなく全て使うことで、どのような料理が可能になるか考えるところに独特の面白さがあります。さらに、辛さが美味しさを作り出すメカニズムの一つになっているなど、内藤とうがらしには「美味しさの科学」として説明できることが溢れています。このような食べ方・味覚などに代表される「生活の面白さ」は、料理教室の参加者同士での交流や、家庭に話題を持ち帰ったあとの会話のきっかけとなります。これにより、コミュニティの輪が広がりやすくなっています。

近隣の高校・大学の生徒・学生が育てた内藤とうがらしが、伊勢丹新宿店の屋上に展示されていた。

③新宿を「多様な人々が関わり合う街」に。
~世界の架け橋となる「とうがらし」~

新宿は数多くの外国人が暮らす多文化共生の街です。例えば大久保小学校では、4年生の約半分が外国籍の子どもたちです。外国出身の人々のなかには飲食店で働いている人も多く、インドネシア、インド、中国、韓国、ベトナム、イタリア、フランス、チュニジアなど、30ヶ国以上の料理店があります。

これまで、これらの料理店と地域住民との間には大きな断絶があり、地元に住む日本人との交流は殆ど行われてきませんでした。新宿に住む人々は異国の料理店には警戒してなかなか近づかなかったうえに、料理店を運営する人々も地域のことは殆ど知らなかったためです。

しかしながら、これだけの数と種類の料理店があることは、本来は地域の宝であり、地域づくりの大きなチャンスになりうるはずです。内藤とうがらしプロジェクトではこの認識のもと、とうがらしをテーマに、地域の人たちと各国料理店の人たちを結びつけて新たな多文化共生の形を創り出そうとしています。

とうがらしはそもそも、世界の幅広い地域で料理に使われている食材です。韓国ではキムチの赤として使われ、イタリアではパスタの香辛料として幅広く使われ、スペインではタパスの食材になっています。このため、内藤とうがらしは、国を超えた共通のテーマにすることができます。実際に、地域の人たちと各国料理店の人たちが一緒に参加するイベントを開催しており、料理店の人には「内藤とうがらしを使って料理を出してください。あなたの国・地域の料理では、こんなふうに食べていると教えて下さい。」と伝えているといいます。これにより、とうがらしを介して人々の新たな関わりを生み出すことができます。

また、とうがらしは、宮廷料理や貴族の食べる料理にはあまり使われず、どちらかといえば庶民の料理の食材となってきました。赤ワインや肉など、赤い色の食材をふんだんに使えた王族・貴族とは異なり、庶民の食卓には赤色が乏しかったことが理由だと言われています。内藤とうがらしも例に漏れず、江戸のファストフードとして広く人気を集めたぶっかけそばの薬味として、庶民の慌ただしい毎日を支えました。世界中で庶民に愛されたとうがらしは、その色と辛味で彼らを元気づけ、時に励ます役割も果たしてきたのではないでしょうか。外国人を含む多様な人々がごった煮となって生活する現代の新宿にとっては、このような食材であるとうがらしがピッタリの存在です。内藤とうがらしは今、新宿の街に暮らす人々を、時代を超えて元気づけようとしているのです。

内藤とうがらしを使用した加工品の数々。内藤とうがらしフェアでは調味料だけでなく、お惣菜やお菓子など数十種類の加工品を楽しむことができた。

「地域おこしを大都会新宿で」~プロジェクト代表・成田さんの想いとは~

①なぜ新宿の街に関わることになったのか?

成田氏は、常務としてオムロン株式会社に勤め、企業がグローバル展開を進む様子を肌で見てきたといいます。定年後はその正反対となるローカルに着目し、「大きいことは良いことだ」ではなく「小さいことは面白い」という世界に身をおいてきました。2001年に代表取締役社長に就任した株式会社ナルコーポレーションでは、全国津々浦々のおよそ30の小さな街で地域づくりに取り組んできました。代表的なものは宮古島の「雪塩」で、差別化が難しい「塩」の分野で新たなブランドを打ち立てました。

会社は事務所を新宿においていたものの、成田氏自身が新宿の街に関わることはほとんどありませんでした。転機となったのは、2008年に当時の区長ほか地元の人たちと交流をもったときでした。「あなたは全国で地域づくりをやっていますけど、足元はなにもやっていませんよね。新宿にはビルの下にも住んでいる人がいる。新宿もやってください。」地元の人にそう言われるまで、過疎化・高齢化が進んだ田舎には魅力がある一方で、大都会には魅力はないと思っていました。しかしながら、少し考えてみれば、新宿にも「ローカル」があると気づいたのです。

成田氏が事務所を新宿に構えた理由は、交通の便が良いことや、どこに行っても誰かがいるという、新宿の街の「光」の部分に惹かれたことだけでした。これは、ビジネスをしている人としての当たり前の感覚でした。しかも、新宿の街は再開発が進み、住むのではなく、ビジネスの場所として利用する人たちにとって、ますます魅力的になっていきます。しかしながら、そこにはなにかの関係でたまたま住むことになった人々が暮らしており、ローカルな生活があります。大都会の恩恵をほとんど受けることのできない人たちがいます。これが、全国の田舎で地域づくりを行ってきた成田氏自身の気づきでした。

笑顔で語る成田氏。その人柄が、新宿の様々な人達を巻き込む原動力になっているのかもしれない。

②地域づくりの5つのセオリー

成田氏は、全国で地域づくりを行う中で体系づけた5つのセオリーに基づき、内藤とうがらしプロジェクトを舵取りしています。そのセオリーとは、唯一性、物語性、納得性、事業性、継続性の5つです。

唯一性(オリジナリティ)とは、「その地域とは何か」ということです。これは地域づくりの根となる部分です。唯一性をないがしろにして、単に「B級グルメが流行っているからご当地焼きそばを作ろう」などと考えてはいけません。図書館や小学校、お年寄りのお話を集め、何百年前にまで遡ってその地域の歴史や住んでいた人々、食べていたものなどを調べる必要があります。内藤とうがらしプロジェクトで言えば、新宿内藤町がとうがらしの大産地であったことや、江戸の市民がとうがらしを好んで食べていたことなどが、歴史に紐付いた唯一性の源流となっています。

物語性とは、唯一性を周囲の第三者に説明する方法のことです。「何年に」「誰が」「何を」したなどの具体的なエピソードだけではなく、それと現在に残る地名などとが結びつくことが必要です。また、老若男女誰でも分かるストーリーであることが望ましいです。内藤とうがらしの場合は、江戸時代盛んに育てられており収穫期には新宿内藤町一帯を真っ赤に染めていたことや、江戸の街でそば屋台の七味として提供されて、庶民がその香りを楽しみながらそばをかきこんでいたことなどが挙げられます。これらは、地名に結びついたわかりやすいエピソードとなっています。

納得性とは、地域に住む誰もが納得できるプロジェクトにするということです。市町村には様々な立場や考え方、好みの人が住んでいます。例えば「うどんをテーマに町おこしをしよう」と考えたとしても、「ラーメンの方が良い」「焼きそばのほうが良い」などの意見が出て、まとまらないかもしれません。このような際に、いかに全員に納得してもらうかが課題となります。内藤とうがらしプロジェクトでは、とうがらしについて調べてまとめた資料を作成し、それを見てもらう中で反対が起こらなかったため、テーマとして決定したといいます。このような納得感のある決定のためには、前述した唯一性・物語性がしっかりと明示されることが不可欠です。

事業性とは、ビジネスとして継続的に商品・サービスが売れるようにすることです。どんなに唯一性があっても、物語性が高くても、地域で納得されていても、事業として存続することができなければあっという間に終わってしまいます。今の時代が求めているニーズを的確に把握し、そのなかで地域づくりの取り組みをしなければなりません。成田氏は健康・美容・環境などが現代のテーマであると考えており、内藤とうがらしという栄養成分を多く含んだ野菜をテーマとすることは、この点においても望ましいことです。

継続性とは、プロジェクトが一発勝負ではなく、10年・20年・50年と続くかということです。継続性をもたせるためには、いままでの取り組みの維持・向上だけではなく、2割程度は革新的なことを取り入れていかなければなりません。また、行政などからの補助金・助成金は、その資金ありきになってしまいかねないため、受け取らないことが望ましいです。内藤とうがらしプロジェクトでも、後援は受けているものの、協賛や助成金といった資金は一切受け取っていないといいます。

成田氏と、学習院女子大学国際文化交流学部の品川ゼミで内藤とうがらしの研究を行っている「とうがらし女子」のお二人。

内藤とうがらしプロジェクトの最終目標~プロジェクトの最終目標はなにか~

内藤とうがらしプロジェクトは、とうがらしを1つのテーマとして新宿の街に暮らす人々の意識を変えていき、それと同時に新宿の街のイメージも変えていくことを目指しています。これは終わりのない問題です。しかし着実にやっていきたいと考えています。非日常的な一過性のイベントではなく、地域の日常的な取り組みとして、地域のたくさんの「普通のお店」に継続的に人が訪れる仕組みをつくっていくことで、エネルギーロスを抑えながら地域を変えていきたいといいます。
内藤とうがらしプロジェクトが向き合っている課題は、新宿だけの話ではありません。日本の、いや世界のあらゆる都市や地方の街々に、そこに住んでいる人たちがおり、その街に誇りを持てない、つながりをつくれない人たちがいます。このような街の影の部分に光をあて、テーマをもって地域を変えていくことは、今後、変化する社会の中でますます重要になると考えられます。内藤とうがらしプロジェクトは、その重要性と可能性をわたしたちに教えてくれています。

天に向かって実る内藤とうがらし。白くて可憐な花にもご注目。今後も、内藤とうがらしプロジェクトの進化から目が離せない!



[i] https://www.city.shinjuku.lg.jp/kusei/index02_101.html
[ii] https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00398[

内藤とうがらしプロジェクト プロフィール

森田 慧

株式会社ぽてともっと代表取締役社長。
一橋大学在学中に市民農園で野菜づくりをする学生サークル「農業サークルぽてと」を設立し、代表として80名のメンバーとともに畑活動にいそしみました。このときの経験から、同年代の若者や都市住民と農業の現場を繋げることに可能性を感じ、2019年、(株)ぽてともっとを創業。野菜と結婚するなら大根。

レポートを見る

他のレポートRelated Report

出演依頼・お問い合わせはこちら