地域コミュニティの場としての都市農業(国立市・くにたちはたけんぼ)
寒さが深まる12月の東京。向かった先は、「NPO法人くにたち農園の会」が運営する田畑とつながる子育て古民家「つちのこや」。ここで、この会の理事長である小野淳さんからお話を伺ってきました。
つちのこやでは、月・火・木曜日に「つちのこ食堂」がオープンしており、月・火曜日はたまちゃん(小湊玉正さん)の旬の食材いっぱいの韓国おうちごはん、木曜日はかっか屋の小林まどかさんによる魚料理を楽しむことができます。取材に伺った火曜日も、次々と子連れのお母さんたちが集まり、賑やかな空間となっていました。東京は女性の合計特殊出生率が全国で最も低く、少子化が進んでいることから、子どもを目にする機会も減っているように思っていたので、賑やかなつちのこ食堂の様子は、珍しく感じられました。
国立の歴史とNPO法人くにたち農園の会の果たす役割
今も田園風景の残る国立市南部には多摩川の河岸段丘である立川崖線が走っています。段丘の縁端は段差が数メートル程度の崖になっており、武蔵野の方言でハケと呼ばれています。はたけんぼがある地域は、ハケ下にあることから、水に恵まれ、農業がしやすいこともあって、古くから人々が暮らしています。例えば、国立市内にある谷保天満宮の「谷保天満宮例大祭」は1100年以上前から続いており、このことからも国立の歴史が非常に長いことをうかがい知ることができます。
しかし、そうした中でも地域と住民とのつながりはどんどん希薄となり、地域の力は弱まり続けています。その最も大きな要因は、仕事に多くの時間を割かれるうえに、転勤の多いサラリーマンの増加だといわれています。こうした人々は地域に関わる時間が少ないため、地域との関わりあいが希薄になり、地域の力の低下を招いているのです。
NPO法人くにたち農園の会は、そうして弱まってしまった地域の力を取り戻す存在となり、人と地域を結ぶために様々な活動を行っています。NPO法人くにたち農園の会は「農のあるまち」「農が身近にある暮らし」を子どもたちに繋いでいく活動を行っています。2013年からは農園地「くにたち はたけんぼ」を、2017年からは「田畑とつながる子育て古民家つちのこや」、2019年からは農家のアパートを1棟リフォームしたゲストハウス「ここたまや」を運営しています。「はたけんぼ」や「つちのこや」では地域の子どもやその親を対象として様々な活動を行っており、「ここたまや」は地元一橋大学生を中心とした学生団体との協働の場となっています。この3つの場所が、地域と住民、さらには学生たちをも繋げる場としての役割を担っています。
自然と農を身近に感じる空間「くにたち はたけんぼ」
「くにたち はたけんぼ」は東京都国立市にあるコミュニティ農園です。近くには高速道路のインターチェンジがあり、都心部から30分ほどで来ることができ、最寄り駅であるJR南武線谷保駅からも徒歩10ほどで、都心部からのアクセスが容易な場所です。そのような土地でありながらも、周囲は田んぼに囲まれており、高層ビルなどもないので、空は広々としています。1反ほどの農園には東屋や、子供が自由に遊べる遊具があり、羊や烏骨鶏、馬などの動物もいます。
春には野菜の植え付けや田植え、夏には野菜や綿の収穫、秋には稲刈りやカボチャをくりぬいたランタン作り、冬には新米をたいて芋煮をするなど、はたけんぼでは1年を通じて自然の恵みを感じながら様々な活動が開催されています。主な活動の参加世代は未就学児~小学校低学年のファミリー層だそうです。はたけんぼの周囲は車の通行も少なく、安心して遊ぶことが出来ます。
理事長の小野さんから見た農業の魅力とはたけんぼ誕生のきっかけ
今はNPO法人くにたち農園の会の理事長として、地域の活動にも積極的に参加している小野さんですが、以前はテレビ制作会社のディレクターとして働いていました。環境ドキュメンタリーのディレクターを担当した際、フィリピンのルソン島で進む森林破壊に対抗して有機農業を実践しながら植林を続けている日本人の田鎖浩さんと出会ったことが、転機となりました。社会に向けてフィリピンの現状や田鎖さんの取組みを伝えるという意義のある仕事をしている一方で、自身の生活を振り返ると、地球資源を無駄にするような生活を送っているというギャップに違和感を覚え、この感覚を無視できなくなったそうです。また、田鎖さんが身近にあるものを使い創意工夫で農業をしている姿をみて「農業におもしろさ」を感じたそうです。こうして、小野さんは農業に興味を持つようになりました。
小野さんが農業に転職を決めた当時は農業は「キツイ・汚い儲からない」というイメージも根強くあり「農業に転職する」と言うと、まるで世捨て人のようなイメージを持たれることもあったそうです。。今は農業に対して、そうした強いマイナスイメージが少ないので驚きます。
初めは農業参入した企業の農場に転職をし、そこで農業のノウハウを学び、その後、縁あって国立で貸し農園を運営することとなり、農園の運営方法を学んだそうです。そうして貸し農園を運営する中で国立市との繋がりができ、2012年にNPO法人くにたち農園の会の前身となる任意団体を設立。高齢で営農が難しい農家の畑を借りて2013年「くにたちはたけんぼ」を開設しました。
しかし、開設した年に地主に不幸があり翌年には現在の場所に移転しなければならないなど運営は容易ではなかったといいます。
このような経緯で誕生したはたけんぼには、小野さんをはじめ、多くの人の思いが込められています。さらには、はたけんぼは多くの人々が楽しめる新しい農業の形を提供できているといえます。これは、小野さんが就農した当時には想像もしていなかったような、素敵なことです。そして、困難があっても現在まで続いているということは、それだけ地域の人々にも求められている存在なのでしょう。
これからのはたけんぼに期待できること
現在、NPO法人くにたち農園の会にはコミュニティ農園の運営だけでなく、子育てや観光事業の受託、都市の人の働き方改革など様々な仕事が来ているそうです。一見すると農業に直接関係ないように見えますが、実は農業の多面的機能が発揮される場だと小野さんは言います。農体験を通した子育て、日本の農業を学ぶアグリツーリズム、農作業によるストレス軽減など、多面的機能は数えられないほど多く存在するのです。
幸いにもはたけんぼのある国立には多くの人が住み、市外からのアクセスも良いです。このようなはたけんぼの強みを活かすことで、まだ知られていない農業の多面的機能を、このはたけんぼから発信していけるのではないかと期待しています。そして、こうした農業の多面的機能を通して、地域の力も取り戻せていけるのではないかと感じました。
NPO法人くにたち農園の会 プロフィール
- 住所:
東京都国立市谷保5119(やぼろじ内)
- 「くにたちはたけんぼ」アクセス:
JR南武線「谷保駅」南口より徒歩15分
- 公式ホームページ:
出口 綾乃
アグリドットトーキョー編集部。東京農業大学4年。農業経営専攻。大学入学を機に農業と関わるようになりました。また1年次から農業サークルぽてとに参加しており、農業と関わりのある生活を送っています。サークル活動を通し、野菜作りや、農業関係者との繋がりがてでき、農業の面白さに気づきました。農業を通して仲間とゆるく楽しい時間を過ごせることが農業の良さだと感じています。
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